筋トレは奥が深かった。筋肉を大きくするには「頭を使う筋トレ」が必要だった
筋トレを始める前は、もっと単純なものだと思っていました。
重いダンベルを持つ。
決めた回数をこなす。
少しずつ重量を増やす。
これを繰り返していれば、自然と筋肉は大きくなっていく。
おそらく筋トレを始めたばかりの人の多くは、似たようなイメージを持っているのではないでしょうか。
しかし、筋トレを始めてから2年超えたころには、今ではまったく違う考えになりました。
筋トレは、とんでもなく奥が深い。
そして意外なことに、
筋肉だけではなく、かなり頭を使う趣味です。
同じ10回でもフォームによって刺激は違う。
同じ重量でも下ろす速度によってキツさは違う。
同じ種目でも可動域を少し変えれば効く場所が変わる。
前回できた重量でも、疲労が残っていれば今日はやらない方がいいこともある。
「あと1回できる」と思っても、その1回をやらない方が長期的には成長につながることさえあります。
筋トレを続ければ続けるほど、
「ただ重いものを持ち上げればいい」という世界から遠ざかっていきました。
筋トレは「筋肉との答え合わせ」の繰り返しだった
私が筋トレで重要だと思うようになったのが、
やったことと、体から返ってきた反応を照らし合わせることです。
たとえば私はトレーニング記録に、単純な重量と回数だけではなく、
「1秒止め3秒下げ」
「今日はいつもより軽く感じる」
「深くすると腰に来る」
「最後のセットでフォームが崩れた」
「翌日の反応があまり良くなかった」
「このフォームだと前腕に違和感がない」
といったことまで書いています。
なぜこんな細かいことを書くのか。
次のトレーニングで考える材料になるからです。
筋トレは、その場で「できた!」と思っただけでは、本当に良いトレーニングだったのか分からないことがあります。
狙った筋肉に刺激が入ったのか。
関節に負担をかけていないか。
翌日に狙った場所へ適度な反応があるのか。
疲労が次のトレーニングまで残っていないか。
それを確認して、次回また少し修正する。
筋トレとは、
実行→観察→記録→修正
を延々と繰り返していく作業なのだと思います。
同じ「10回」でも中身はまったく違う
筋トレを始めた頃は、「何kgを何回できたか」をかなり重視していました。
もちろん重量や回数は成長を確認する重要な指標です。
しかし今では、それだけでは不十分だと感じています。
たとえばサイドレイズ。
8kgを10回やったとしても、
勢いを使って10回上げるのと、
上で1秒止め、3秒かけて下ろして10回やるのでは、同じ「8kg×10回」でも内容は別物です。
私は実際に、
「初心に返り、確実に上で1秒停止&3秒下げ」
とトレーニング記録に書いたことがあります。
ところが、これも「ゆっくりやれば正解」という単純な話ではありませんでした。
10kgのサイドレイズでは、肩の違和感を出さないために1秒停止・3秒下げにこだわらず、あえてテンポを速くしたこともあります。
ここが筋トレの面白いところです。
正解が一つではありません。
軽い重量では丁寧なネガティブが合っていても、重量を上げたときには同じやり方が合わないことがある。
「ゆっくりやるのが正義」と決めつけてしまうと、それもまた思考停止になってしまいます。
「効かせる」と「重量を伸ばす」のバランスも難しい
筋肥大を目指していると、
「もっと重いものを持たなければ」という気持ちが出てきます。
漸進性過負荷という考え方がありますから、少しずつ負荷を上げていくこと自体は大切です。
しかし、重量を増やした結果、狙った筋肉から負荷が逃げてしまったらどうでしょう。
私はEZバーカールでも、この問題を何度も考えました。
重量を増やしていけば記録上は成長している。
しかし、
「本当に二頭筋に入っているのか?」
「腰まで使って持ち上げていないか?」
「1秒止めて3秒下ろすことにこだわる意味はあるのか?」
と疑問が出てきました。
そこで、昔やっていたコンセントレーションカールのような、より二頭筋そのものに集中しやすい種目も改めて気になってくる。
これは筋トレを続けていると何度も起こります。
数字上の成長と、筋肉への刺激が必ずしも一致しないのです。
重量だけ追えばいいわけでもない。
効かせることだけ考えて、いつまでも同じ軽い重量でいいわけでもない。
このバランスを探し続けることも、筋トレの奥深さの一つだと思います。
可動域を数センチ変えただけで感覚が変わる
スクワットでも同じことがありました。
ある日のダンベルスクワットでは調子がよく、
「今日はいつもより軽く感じる」と思ったので、普段より深くしゃがみました。
ところが、
深くしたら腰に来た。
そこで途中のセットから深さを修正しました。
スクワットは「深ければ深いほど偉い」と考えてしまいがちですが、私にとって重要なのは競技として深くしゃがむことではありません。
狙った脚に刺激を与えながら、安全に継続することです。
だったら、腰へ負担が逃げる深さまで無理にしゃがむ必要はない。
これも実際にやってみなければ分からないことでした。
教科書に書いてあるフォームをそのままコピーするのではなく、
自分の骨格、柔軟性、目的、扱っている重量、疲労状態に合わせて微調整する。
筋トレでは数センチの違いが大きな違いになることがあります。
背中のトレーニングは特に「頭を使う」と感じた
個人的に「筋トレって難しいな」と特に感じたのが背中です。
腕や胸などと違い、背中は自分では見えません。
しかも「引く」という動作をすると、腕でも引けてしまいます。
だから、
「今どこを使っている?」と考えながら動かす必要があります。
シーテッドローでは、
最初に引いたあと胸を出し、肩を後ろにセットする。
そして腹の方までしっかり引く。
引いたところで1~2秒止めて、3秒かけて戻す。
こういったことを一つずつ試していきました。
するとセット後半から終了後にかけて、僧帽筋周辺へじわっと刺激が残る感覚が出てきました。
「これかもしれない」と思える瞬間です。
一方で、ケーブルプルオーバーでは可動域を広くすると胸にも入るような感覚があり、
「結局よく分からない」と記録したこともあります。
でも私は、これも大切だと思っています。
分からないものを、分かったことにしない。
次回また試せばいい。
筋トレには、この試行錯誤があります。
「効く種目」は人によって違う
以前、私は前腕の違和感があったため、ラットプルダウン系をかなり警戒していました。
いくら広背筋に良いと言われる種目でも、前腕を痛めてトレーニングそのものができなくなったら意味がありません。
ところがMAGグリップのラットプルダウンを試し、「広背筋へ下ろす」イメージで動かしたところ、前腕に問題が出ませんでした。
これは私にとってかなり大きな発見でした。
ネットを見ると、
「背中ならこの種目!」
「二頭筋ならこれ!」
「絶対にやるべき種目!」という情報が大量に出てきます。
でも、自分の体に合うかどうかは別問題です。
評判のいい種目でも痛みが出れば続けられません。
逆に、自分には合わないと思っていた種目でも、グリップやフォームを変えたら使えることがあります。
だから私は、
「有名な種目だからやる」ではなく、「自分の体で検証する」ことが大切だと思っています。
適当に筋トレしても筋肉が大きくなりにくい理由
では、なぜ適当に筋トレをしていると筋肉が大きくなりにくいのでしょうか。
理由の一つは、
人間の体は楽をするのが上手だからです。
重いものを持ち上げようとすれば、体はできるだけ多くの筋肉を使って動作を成功させようとします。
×本当は胸を鍛えたいのに肩や三頭筋ばかり使う。
×二頭筋を鍛えたいのに腰を振って持ち上げる。
×背中を鍛えたいのに腕だけで引く。
×脚を鍛えたいのに腰へ負担を逃がす。
「重量を動かす」という目的なら成功です。
でも、
「狙った筋肉を鍛える」という目的では失敗している可能性があります。
だからフォームを考える。
テンポを考える。
可動域を考える。
重量を考える。
そして実際にどこへ刺激が入ったのかを確認する。
筋トレは「ダンベルをA地点からB地点へ移動させる競技」ではありません。
少なくとも筋肥大が目的なら、
その移動中に狙った筋肉へどれだけ適切な刺激を与えられるか
を考える必要があります。
「あと1回」をやらない判断にも頭を使う
以前の私は、調子が良いと、
「今日は行ける!」とそのまま攻めたくなるタイプでした。
実際、ダブルスプリットまでやって負担を増やしたこともあります。
でも最近、ある選手の言葉が印象に残りました。
重量が上がったり成長を感じたりすると、そのまま進みたくなる。
しかし、そこで抑えないと怪我につながる。
まさにその通りだと思いました。
筋トレでは、
頑張る能力だけではなく、止める能力も必要です。
私はトレーニング記録にも、
「今日は前回より上げられていない気がするので、そんな時こそ数を稼がず、追い込みにこだわらず止める」と書いています。
以前なら「前回10回なら今日は11回!」と考えていた場面です。
でも毎回記録更新を狙えば、フォームが崩れる。
関節に負担がかかる。
疲労が蓄積する。
そして最悪の場合、怪我をして何週間もトレーニングできなくなる。
筋肉を大きくするために頑張った結果、筋トレできなくなったら本末転倒です。
1回多くやる勇気より、今日はここまでと判断する冷静さ。
これも長く続けるための筋トレ技術なのだと思います。
種目だけではない。トレーニングする「順番」まで考える
筋トレを続けていると、さらに面白いことが分かってきます。
一つの部位だけ考えていればいいわけではありません。
たとえば胸の日にプレス系をやれば、三頭筋や肩も使います。
背中の日には二頭筋や前腕も使います。
スクワットでは脚だけでなく腰周辺にも疲労が残ることがあります。
すると、
「昨日ここを鍛えたから、今日はここ」という単純な分割では済まなくなります。
私は、
脚、胸、休み、二頭、肩、三頭、休み、背中
といったローテーションを組みながら、疲労や違和感によって順番を変更することがあります。
腰に不安があれば、背中と脚を連続させない。
肩への負担が強ければ胸との間隔を考える。
つまり筋トレは、一つのトレーニングだけではなく、
数日先まで含めたパズル
になってきます。
これも、始める前には想像していなかった面白さでした。
筋肉を鍛えているのに、実はずっと考えている
筋トレをしている姿だけ見れば、
重いものを持って、
苦しそうな顔をして、
汗をかいている。
かなり原始的な趣味に見えるかもしれません。
でも頭の中では、
「前回よりどうだ?」
「今どこに入っている?」
「フォームが崩れていないか?」
「もう1回行くべきか?」
「重量を下げるべきか?」
「この違和感は筋肉なのか関節なのか?」
「次回は種目順を変えるべきか?」
「今日は攻める日なのか、抑える日なのか?」
と、ずっと考えています。
だから私は筋トレを続ければ続けるほど、
これは肉体だけの趣味ではない
と思うようになりました。
数年続けても、いまだに「分からない」が出てくる
そして筋トレが奥深い最大の理由は、これかもしれません。
数年続けても普通に分からないことが出てきます。
フォームを変えたら急に効いた。
昨日まで良かった種目が今日はしっくりこない。
重量は伸びたのに翌日の反応はいまひとつ。
逆に重量を下げたのに、ものすごく効いた。
ずっと苦手だった種目が、ある日突然良さ分かる。
そして、
「これが正解だ!」と思った数週間後に、
「いや、こっちの方がいいかもしれない」となる。
でも、それが面白い。
もし筋トレが、
「この重量で10回×3セットやればOK」だけで終わる趣味だったら、私はここまでハマっていなかったと思います。
自分の体を使って実験して、その結果を観察して、また次の方法を考える。
自分自身が実験台です。
だから飽きません。
筋トレは「考える力」が成長を左右する趣味だった
筋トレを始めた頃の私は、筋肉を大きくするために必要なのは「頑張ること」だと思っていました。
今は少し違います。
もちろん頑張ることは必要です。
でも、それと同じくらい、
考えることが必要です。
なぜ今日は効かなかったのか。
なぜ前回は効いたのか。
なぜこの重量だとフォームが崩れるのか。
なぜこの種目では痛みが出るのか。
なぜ翌日に疲労が残ったのか。
次は何を変えるのか。
その答えを少しずつ探していく。
筋肉は、ただ闇雲に頑張った人へのご褒美として大きくなるわけではありません。
適切な刺激を与え、回復させ、それを長期間積み重ねていく必要があります。
だからこそ、無理をしない判断もトレーニングの一部です。
重量を上げることも大事。
重量を下げることも大事。
追い込むことも大事。
止めることも大事。
教科書から学ぶことも大事。
自分の体から学ぶことも大事。
この一見矛盾しているものの中から、その日の自分に必要なものを選んでいく。
私は2年以上筋トレを続けてきて、ようやく分かってきました。
筋トレは筋肉を使うだけではない。
めちゃくちゃ頭を使う。
そして、
分かってきたと思った頃に、また新しい疑問が出てくる。
だから筋トレは奥が深い。
そして、だからこそ面白いのだと思います。


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